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更新(松本GUITARS)

 投稿者:TAD館長  投稿日:2017年11月19日(日)15時53分7秒
返信・引用
  フジゲン創世記に加筆修正
そして・・・・原山ギター製作所(名器を支えた伝説の職人)更新
なんとなんと、本日、原山氏より幻のマツモク時代の写真を多数いただき掲載!
今まで誰もみたことのなかった
マツモク1960年新築移転時、1964年試作室、1965楽器ショウでのショットなど。
今日熱を押してまで行った、いただきたてのホヤホヤです。

http://www.geocities.jp/guitarofworld/main1.html

 
 

Re: 「AC/DC」M・ヤング氏死去

 投稿者:新ミッキーおやまだ〈改〉  投稿日:2017年11月19日(日)08時43分48秒
返信・引用
  TAD館長さんへのお返事です。

>  オーストラリアのロックバンド「AC/DC」のギタリストであるマルコム・ヤング氏が18日死去した。64歳。バンドの公式サイトやフェイスブックなどで明らかにされた。死亡の場所や死因は明らかにされていない。2014年ごろから認知症を患い、バンドを脱退していた。

    認知症に至るまで、やはりヤク中やら爆音の影響が早めたのでは?と思います。マルコムって言えば黙々とアンプの前で仁王立ちで渋いグレッチで、、シグネチャモデル限定40本だそうで、、高そう(;_;)
 

数年まえのことですが、、TAD館長、ぱとさんとの、土蔵大捜索の結果、半世紀ぶりに発掘された

 投稿者:gg  投稿日:2017年11月19日(日)08時08分49秒
返信・引用 編集済
  1960年代の貿易資料
もちろん、当時、YYセンムが後世のために残したもので、、ところが当人は発掘されるまで、この事は忘却の彼方にあった!!

他の資料からは、Avalonの塗装場面まで!!
職人は、YYの従弟、、田舎は狭い世界で、、このヒト、少年時代にTAD館長のお父様とも縁が繋がっていました。
 

Re: ここの住人はレベル高いっすよ~、、なんせFenderの基準は、この個体ですから、、

 投稿者:TAD館長  投稿日:2017年11月19日(日)07時41分36秒
返信・引用 編集済
  > No.28977[元記事へ]

自作初心者1号さんへのお返事です。


> 古の工作機が動きそうなので(画像のローランド製です)、使ってみることを検討中です。
> PC9800の時代に、ローランドの社員の熱意ある説明に絆されて買ってみたものの、メモリーが小さいので動作が遅かったし、動かして材料を削ると、部屋中が粉だらけになってしまうwwなどでしまい込んでいました。
> Windows10用のドライバも出ているみたいですし、米国MITの研究室で昨年作られたブラウザ上で動作するローランド工作用ソフトも無料公開されたようです。
> ドリルミルも金属用を買ってこないといけないですね。

うは!?3D的なヤツですか? でもPC9800の時代ですよね・・違うのかな?
私も最近レーザー彫刻機が安いので気になっていて・・でも切断できるくらいの出力のがほしいの・・インレイ作れるから^^


> 正直、館長さんがうらやましく思いましたよ。
> エレキギターの歴史に色々と接することできる立場でいらっしゃるので。

いえいえ、立場なんてとんでもない・・人の縁と縁のつながりがあっての今です。
私は一般人でただギター産地に生まれ育っただけのマニアですから。
大好きだったギターと松本のメーカーのことを世界に知ってもらいたいと始めて
偶然か運命か・・ggさんと道端でギターの写真を撮っていた時に(笑)20数年ぶりに再開
1週間だったか1か月だったか違いでアメリカから協力要請。タイミングや創業家の全面協力を得て進めてこれたことがここまでやれた要因です。
特に横内祐一郎 相談役(当時会長)の人柄、人望を慕う方々が多く、お話を聞くことがができました。
それでも、手紙を書いても返事をくれない会社、紹介で電話をかけたら不審者扱いでぼろくそ言われたりしたこともありました。業界にいたすべての人がウェルカムではないということですね。

アメリカ人の行程に全部付き合っていたら、まだ星野、東海、Guyatoneも取材できたんですがね。ただでさえ大変な状況でそうそう仕事休んではいられません^^;


> 一マニアの立場からでは、エレキ業界のことは、実際謎だらけなんですよ。
> 調べることさえもできないですから、資料が欲しくてもないですからね。

知らない方がいいこともあります(笑)
始まりは高度経済成長期に働き盛りのモーレツな野心家?の方々のことですから。
楽器業界の経営者たちを魑魅魍魎と例えた方もいます。
成功して自伝を残した方々のものは悪いことは書きませんし、立場が変われば逆の見方もありますし。
富士弦楽器の初代社長も・・まあそんな成り立ちの方々が渦巻いていた業界だったということです。

私は大半の社長さんのことは受け売りなことしか書けませんが、大きな会社で知る限り知性があって人情味に厚く、皆に慕われてそれに当てはまらないのは横内相談役と池部社長と思っています。

今現存するメーカーさんは、殆どがOEMをやっていたりしますので何をやっているか漏れるのを嫌ってフジゲンさんを除いて工場見学を受け入れないことも多いです。

奈良さんの手記からこんな言葉をピックアップしておきます。
「事業の慌ただしさに加えて派閥がアリ、セクトの地位の競り合いがり、個人のしのぎあいがあり、外に 眼を向ければメーカーにもあり、小売店にも、媒体(音楽雑誌、業界誌)にも、ユーザーにだってある。
こいうドグマ渦巻くメルトダウン状態の中から、すっきりした(編集しやすい)答えを出すには各自のエゴとお上の叱咤に堪えて「みんながいい子にな らなくては行けない」
ところがそのお上の一声が、伝説が一人歩きする余地を産んでるんです。」


エレキギターは華やかな世界のカッコよくて憧れの存在ですが、経営となると全く違う面があるので難しいところですね。



> 話が変わりますが、フジゲンさんでは、ギターの塗装って、現在でも静電塗装なんでしょうか?

さてな?80年代だったっけ・・載せたか忘れましたが 導入の記事がありましたね。
あの写真だとけっこうズラっと並んだボディでしたが・・近年工場で拝見した塗装ブースは個室で1本1本やってましたね。  また、塗装まで済んだ状態で入るものもあるので・・私にはわからないな。

http://www.geocities.jp/guitarofworld/main1.html

 

「AC/DC」M・ヤング氏死去

 投稿者:TAD館長  投稿日:2017年11月19日(日)06時39分41秒
返信・引用
   オーストラリアのロックバンド「AC/DC」のギタリストであるマルコム・ヤング氏が18日死去した。64歳。バンドの公式サイトやフェイスブックなどで明らかにされた。死亡の場所や死因は明らかにされていない。2014年ごろから認知症を患い、バンドを脱退していた。

http://www.geocities.jp/guitarofworld/main1.html

 

ヘッドの小傷で判る

 投稿者:gg  投稿日:2017年11月19日(日)05時33分55秒
返信・引用 編集済
  っしょ?

で、この世界1ヘンテコリンなバンドが使った、世界1ヘンテコリンなデザインのギター、、
そのデザイナーが、富士弦楽器創業者の、YYソーダンヤクという事実!!
 

ここのHPが、世界の第一人者Frank主宰です

 投稿者:gg  投稿日:2017年11月19日(日)04時58分21秒
返信・引用 編集済
  https://drowninginguitars.com/

ここの、Guitars の項目をクリックし、次に、出てくるページの Japanese guitars をクリック。
上から8番目のモデルが、YYデザインのAvalon       Duganさんのプレイです。

Avalonを有名にしたのは
検索  Shaggs         ここにShaggs と入れて →   https://search.yahoo.co.jp/search

が使ったからで、、ShaggsはRocker なら覚えておくべきバンドです。
なんせ、ShaggsのZappaによる評価、スゴいよ!!でも、Zappaの体調悪かった時の評価だね、、

このAvalonの個体、その後Frankの手により半世紀ぶりに里帰りし、手許にあります。
Frankの本の表紙も、その個体です。
 

創業者のYYソーダンヤクの初渡米が1964年で、、

 投稿者:gg  投稿日:2017年11月19日(日)04時31分54秒
返信・引用 編集済
  それまでは、商社経由の輸出だったのを、それ以後は直接貿易に切り替えました。
第一次ブームの際は、先述の理由で国内向けは皆無。どこに輸出し、どういうブランドだったかは、ここのHPの松本Guitarsのフジゲン創世記に、TAD館長が詳細な記述をしていますので、丹念にお読みください。
当家の土蔵に、当時の貿易資料が保存されており、そこからのここのHPの記述です。ここの友人の、ペンシルベニア州アレンタウンの住人のFrankが、この道の第一人者です。
Frank主宰のHP      検索 Drowning in guitars     で、かなり掘り下げられています。
当事者YYソーダンヤクは90歳で健在ですし、詳細且つ膨大な貿易資料が手元にあったのは幸いでした。

1969年台頭のフォークブームの暗部で、第一次エレキブームが終焉。富士弦楽器の社長は、初代が退任し、2代目社長にYYが就任したのも、その影響が大でした。
第2次エレキブームは、そのフォークブームがその後に終焉を迎えてから、入れ替わりです。神田商会へ、ニューヨークの楽器商社GOYAからのキャンセル品Grecoを横流しし、国内商標登録したあたりから、その流れが徐々に始まっていました。このあたりも、フジゲン創成期でご確認ください。
その後、神田商会にヤマハから、椎野さん、続いて奈良さんが小嶋部長のヘッドハンティングにより移籍してきたあたりから、第3次の流れがl始まりました。その後1982年のフェンジャパへの流れに、、です。
小嶋部長が社長に昇格し、奈良さんが企画室課長、プレイヤー誌発行で、一気に神田商会がパワー得てGreco牽引、、コピーモデル全盛期へと繋がって行きます。
並行して、富士弦楽器では、1964年以来続いていた直接貿易が、星野楽器店のIbanezの台頭と共に見直され、ワタシが業界に関わっていた1977年当時は、すべての輸出品はIbanezのOEMで、流通も星野楽器店を通した流通に切り替わっていました。星野楽器店は、当初の国内販売は神田商会経由でしたが、1980年ごろからは、直接の国内販売に切り替わっていきました。富士弦楽器の神田商会経由のGreco、星野楽器店へのIbanezの出荷比率はそれぞれ50%だったのが1977年ごろ。1977年にRolandとの取り引きが始まり、ギターシンセ製造会社富士ローランドが設立されました。
その流れが、1982年設立のフェンダージャパン社で一気に変わり、、
詳細は、これも松本Guitarsの富士弦楽器関連のTAD館長の記事でお読みください。
最近は、国内の複数の有名ギター雑誌も、ここの記述を記事に引用するために、TAD館長に頻繁に接触してきます。
ここ数年この編纂に邁進してきたことが、実を結びつつあり、報われた感がありますよね、TAD館長。

まだまだ、取材対象の方々が10名は残されていますが、齢80どころかYYのような90歳越えも対象なので、時間との勝負とも言えます。

セコニックからの移籍は、松本工業高校卒業生コンビ。
ぱとさんの先輩方です。牛丸さんは、今も大町工場でギター製造に従事。牛山さんは業界引退。取材して良かった。なんせ、牛山家からは当時のモデルのネガが発掘され!!
まだ、どこかで眠っている、こうした資料も多いはず。

デザインですが、アメリカ側のバイヤー主導のものもあれば、、その典型が   検索  Greco912

フジゲン創成期は、画像のあたり、熟読してください





 

Re: 日帰りで

 投稿者:自作初心者1号  投稿日:2017年11月19日(日)02時00分11秒
返信・引用
  > No.28964[元記事へ]

ggさんへのお返事です。

お答えありがとうございます。

フェンジャパって、当時社会的インパクトが大きかったですからね。

質問ばかりで申し訳ないのですが<m(__)m>、わからないことだらけなもので。

第一次エレキブームが、ビートルズ来日後の1965~1967年、その後は排斥運動でダウン。
となりますと、意外と短かったことになるのですね。
この間、フジゲンさんは、どこかのOEMは製造されていたのでしょうか?

それとこの時代のエレキギターのデザインは、同じような形なのですが、(モズライトともちょっと違いますし)デザインの元になったギターっていうのはあるのでしょうか?

第二次エレキブームの時期が、ハッキリしないのですが。
1973年あたりでしょうか?

ギブソン・フェンダーのコピーモデル合戦の第三次エレキブームが1978年~1986年あたりでしょうか。


バブル期で思い出しましたが、日本国中が明るかったですね。
とくに不動産業界が活況で、お金が余ったから税金で持って行かれるよりはいいといって、マツモクに300本オリジナルブランドのエレキギターを発注して社員に配った話などもありました。
そしたら神田商会を買わないか、という話しまで不動産会社に来ていました。

不動産会社のグループ傘下に、神田商会が入るのか? と、考えたらちょっとイヤだな。
その話しは流れたようですが、1985~6年頃の話しでした。

マツモク製のエレキギターは、ゴトーパーツでセイモアダンカンのピックアップマイクが付いていて、指板も良く乾いた高級そうな仕上げでしたが‥残念なことにネックの座りが良くなったのです(粗悪品ではなかったのですが、出来のいいフェルなどと比べるとダメな感じでした)。
その次の年あたりに、もうマツモクは消えてしまいました。
そんなことを思い出しました。

セコニック社も松本だったんですか、へぇ~(゜_゜)。
でもこの前、セコニック製のコンパクト露出器を買ったら、フィリピン製でがっかりしました(画像のやつです)。
セコニックさんも、製造はアウトソーシングになっちゃいましたか(寂)。



> ところで、関東在住ですか?斉藤さん取材の計画がありますが、一緒にどうですか?

ありがたいお話ですが、ただのマニアの私なんかがいってもいいものなのでしょうか?
 

Re: ここの住人はレベル高いっすよ~、、なんせFenderの基準は、この個体ですから、、

 投稿者:自作初心者1号  投稿日:2017年11月19日(日)00時57分19秒
返信・引用
  > No.28969[元記事へ]

TAD館長さんへのお返事です。


> 小型ボール盤でもそれなりにメリットはあります。

確かに、あると便利ですよね(-_-)。

古の工作機が動きそうなので(画像のローランド製です)、使ってみることを検討中です。
PC9800の時代に、ローランドの社員の熱意ある説明に絆されて買ってみたものの、メモリーが小さいので動作が遅かったし、動かして材料を削ると、部屋中が粉だらけになってしまうwwなどでしまい込んでいました。
Windows10用のドライバも出ているみたいですし、米国MITの研究室で昨年作られたブラウザ上で動作するローランド工作用ソフトも無料公開されたようです。
ドリルミルも金属用を買ってこないといけないですね。

正直、館長さんがうらやましく思いましたよ。
エレキギターの歴史に色々と接することできる立場でいらっしゃるので。

一マニアの立場からでは、エレキ業界のことは、実際謎だらけなんですよ。
調べることさえもできないですから、資料が欲しくてもないですからね。

館長さんとはまた違う観点で、日本のエレキことをまとめてみたくなりました。

話が変わりますが、フジゲンさんでは、ギターの塗装って、現在でも静電塗装なんでしょうか?
 

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